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2009/07/14

ニャチャン滞在

7月14日(火)

7:30 朝食。ホテル代に含まれているのがうれしい。

9:00 街中散策 昼食はCOMでマグロの煮付け、イカ飯など。4万ドン=240円

イカ飯

18:00 夕食のレストランを探して歩く。2,3軒あたってみたがなかなか決断できず。途中から雨が降り出す。結局、ホテルを出てすぐ右側の交差点にある海産物レストランに入る。伊勢えび、タイ、海老、イカなどの鉄板焼きを注文。最初は美味だったが、油いためのためか、油のしつこさに後半は食傷気味。



2009/07/15

ニャチャンぶらぶら

7月15日(水)

10:30 ダム市場へ。40分ほどの歩き。
ダム市場
まず、市場に着いたら場内の喫茶で一休み。それから、市場の周囲を一周。非常に興味深いのはするめ、イリコ、乾燥魚、タツノオトシゴといった産物が所狭しと積み上げてある店があることだった。

市場は円形で内部は衣料品、バック、生地、時計などを扱っている店が入っているのだが、こちらは人の入りはたいしたことがなく、人々は圧倒的に建物の周りの店に立ち寄っていた。そこでは、日用雑貨、乾物屋、八百屋、魚屋、肉やなどが店を並べている。そして特に印象的だったのは、中国製品の圧倒的な存在感だ。

日本レストランで昼食。にぎりずし定食が11万ドン(660円)だった。味の方はなかなかで味噌汁も、茶碗蒸しまでついていたのだ。
ニャチャンの居酒屋
夜は相変わらず腹の調子が悪いのでテイクアウト。
2009/07/16

ニャチャン→ホーチミン→プノンペン

7月16日(木)

9:30 ホテル清算

9:40 ホテル出発→10:10空港到着

11:35 ニャチャン発→12:35 ホーチミン着 国際線ロビーへ移動 プノンペン行きチケット購入(1      17ドル)

14:15 ホーチミン発
15:00 プノンペン着  入国手続き(20ドルビザ代)
      ツクツクでホテルへ
16:30 CSPITOL HOTEL 満室のため、紹介された近くのホテル HONG PHANN へ(クーラーつき1      4ドル・・・後で分かったのだが、この時期別にクーラーなしでも過ごせた。ファンがあれば十      分だ)

夕食はホテル近くの市場前の食堂でワンタンそば。180円なり。
プノンペン宿の近くのレストラン


2009/07/17

フィリピン人親子の怒り

7月17日(金)

プノンペンの一日ツアー(10ドル)に参加。参加者はフィリッピン人親娘、オーストリア人の年配の女性2人、ガイドはラッキー君。

午前中は、キリングフィールドとトゥールースレイン収容所、ロシアンマーケット
午後は、王宮、猿のいる寺院、国立美術館

さて、このツアーは10ドルと安かったが、各所で入場料を取られるので結果、30ドル近い出費となった。フィリッピンのオヤジは最初はおとなしく入場料を払っていたが、このいわばだまし討ちのような請求の仕方に完全に激怒。最後のサル山の寺院はパスして、公園のベンチにふたりで座ってわれわれを待っていた。この光景がなんとも悲しげで、妙に頭にこびりついた。明日、シェムリアップに行くといっていたが、アンコール寺院の入場料の高さに驚くのではないだろうか?祈るばかりだ。カンボジアはある意味でベトナムより金がかかるし、住民も観光客ずれしているようだ。
2009/07/18

シェムリアップへバス移動

7月18日(土)

10:15(実際は15分ほど遅延)ホテル横のキャピトールツアー事務所から出発。
     途中、トイレ休憩、食事休憩をふくめて6時間ほどでシェムリアップへ。
     道路は2車線だが、舗装されており、バスはクーラーがあり、トイレもついてい
     た。
     この快適さが5ドルとは格安。飛行機だと75ドルもする。
    
 車窓

上の写真はバスの中から撮った田園風景。

16:30 シェムリアップ着。無料にツクツクでホテルまで送迎つきとは感心。ゲストハウスチェンラー(20ドル)は以前も泊まったことのあるホテル。

夕方、隣の日本人が多い「タケオ」の食堂で、食事。とんかつ、川海老、キムチなどを食す。
2009/07/19

アンコール寺院群

7月19日(月)

早朝 5時半ホテル発。アンコールワットの朝景を見に行くが、たくさんの人出に驚く。この日はあいにくの曇り空で、ご来光は拝めず。

アンコールワット

7:30 ドライバーのローン君と合流。彼のおじさんの店(アンコールトムの敷地の中で一番端の店で朝食。

アンコール・トム・・・勝利の門、象のテラスなどは初見だが、ヒンドゥー教の影響が残っており興味深かった。

象のテラス


タ・プローム寺院・・・巨大ガジュマルに蔽い尽くされたなんとも幻想的な寺院。以前バイヨン寺院を見た時「地獄の黙示録」の映画の着想のヒントはここではないかと書いたが、全体の雰囲気から言うとタ・プローム寺院の方がより映画の世界に近い。

DSC_1896.jpg

タ・ケオ寺院・・・ここの急階段には驚かされた。最初連れて行かれたところは、文字通り絶壁。裏に回って比較的なだらかな階段をよじ登ったのだが・・・

DSC_1852.jpg
2009/07/20

トンレサップ湖

7月20日(月) トンレサップ湖周辺の村めぐり

9:00 ホテル発  30分ほどで湖畔の船着場へ。トンレサップ湖への注ぐ水路を小型船で移動。
フローティングハウスを撮影。ベトナム人の学校や雑貨やなどを間近で見ることができた。前回は、高速水中翼船だったので、あまり村に近づくことができなかった。
水上家屋
地雷で手をなくした子供
ここの住民の大半はベトナム人で、かつてポルポトがベトナムの漁師に変装してベトナム兵が侵入していると非難された人々だ。彼らはメコンデルタ地帯からトンレサップ川を遡り、ここに流れ着いた漂海民たちだ。今から20年ほど前にこのあたりに来たことを思い出す。あの頃はポルポトがジャングルから夜に出てきて、この人々たちを襲っていた。

昼はオールドマーケットの前の地元民の食堂で済ます。カレーが3ドルとやや高め。
夜、もう一度オールドマーケットに行く。途中、道を間違えかなり大回りしたが、それが幸いしたのかオールドマーケットから一筋はなれたところにモダンな「裏原宿」を発見。こちらのレストランは安く、サービスもすばらしかった。

2009/07/21

バンコクへ

7月21日(火)シェムリアップ→バンコク

9:46分の便でバンコクへ。わずか40分ほどのフライト。
バンコクは夕立(スコール)でカオサンに着いたときは、運よく小降りになっていた。ここで初めて本格的にポンチョを取り出した。ザックには有効だ。

寺裏の「マンゴー・ラグーン」に投宿。650バーツなり。僕の読み間違いで、隣近所はもう少しやすい。400バーツくらいが標準だ。いずれにしてもこの辺りは環境は良いが、カオサンに比べやや高めだ。

夕方。タイマッサージに挑戦。以前入ったことのある店だ。効果はまあまあ。
2009/07/22

バンコク

7月22日(水)

朝食はカオサン通りの一筋隣の通りにあるラーメン1杯が10バーツの店へ。ここは地元の日本人向け情報地図(MPツアー発行)に出ていた、ワッタラーおじさん(?)がやっている店で、量的には少し物足らないが、味はなかなかだった。値段は約30円と格安。

ちなみにこのMPツアーではカトマンドゥー行きのチケットを6100バーツ(18000円)で売っている。今度カトマンドゥに行くときはぜひ利用したいものだ。
http//mp-tour.com
info@mp-tour.com

カオサンからスクムビットへ移動。タクシーが95バーツ(300円)と意外に安かった。

出発前に日本で予約を入れておいた「JASMINE HOTEL」はスクムビットのロビンソン百貨店のすぐ横にある4つ星のホテル。これが格安で売りに出されていたので予約したのだが、周りの景観が面白くない。シェラトンやウエゥティンなど超一流ホテルが立ち並ぶ一角で、バンコクのビジネス街といったところ。後学のためには役に立った。ホテルのすぐ近くには、sex-tourist のためのゴーゴーバーなどがあるとロンリ―プラネットには書かれていた。確かにロンリ―プラネットで指摘されているように年配の欧米の男性が若いタイ人女性を連れて歩いている姿が見受けられた。

昼食後、一帯を散策。
夕食はホテルの食堂へ。日本食セット600バーツ。鯖塩焼きとみそ汁、ポテトサラダ、キムチ、ご飯はごま油を混ぜたもの。・・・韓国式(?)これはもしかしたら日式というやつなんだろう。デザートは立派だった。
2009/07/23

バンコック中国人地区

7月23日(木)

8:30 宿を出て、地下鉄のスクムビット駅まで行く。バンコクの地下鉄初体験。終点のhue warong(?)駅で降り、そこからタクシーで中華街の船着き場へ。

ここからロンリ―プラネットの1hコースを参考に歩く。途中、バンコク銀行や中国人市場を撮影。

バンコク銀行


この地区は2世紀ほど前に首都建設のために呼び寄せられた中国労働者がその後居ついたためできたそうだ。

中国人労働者の海外移民の歴史はとても古い。世界各地で建設現場で労働力を提供。EX.パナマ運河や、ケニアの人食い鉄道(モンバサ~ナイロビ)、アメリカの西部開拓鉄道など・・・

その後、彼らは商業活動に進出。華僑となってその地盤を強固なものとしていく。彼らのエネルギーと商売のうまさというのには、ほんと感心させられる。


台北へのフライトが遅延と表示されていたので、空港の食堂でゆっくりとしていたら、とんだ事態に。チェックインのためにゲイトに行ったら、怒鳴られ、走るように言われる羽目に・・・あの「DELEY」の表示はなんだったのだろう?まったくの冷や汗ものだった。16:45→17:15と30分遅れの表示は嘘で、定刻通り出発したのだ。いやはや・・・

台北では空港の案内所で紹介された空港近くのモーテルに宿泊。これが外観がまったくの連れ込み宿だった。行きも帰りも台北では連れ込み宿に泊まる羽目に。