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2019/04/10

グラナダでの生活を再開します。。。。

3ヶ月の日本滞在を終え、昨晩グラナダに戻ってきました。

今朝、部屋から下の「パセオ・デ・ロス・トゥリステス」広場を眺めると、「ハナズオウ」と「フジ」の花たちが帰国を歓迎してくれているかのように見事な彩りで咲きほこっていました。

ハナズオウとフジ






空っぽの冷蔵庫を埋めるために、さっそく買い物に出かけました。
おめあての「生のマグロ」を購入。

生のマグロをゲット



お昼は、これとイカのげそのヅケ、プチトマトで、ひとり帰国の祝いをやりました。生のマグロは、違うね!

ひとり帰国祝い




夜は、まだ寒いので「常夜鍋」にしました。
日本から持って帰ってきた「油揚げ」を入れてみました。初めての試みでしたが、なかなかいい感じでした。

常夜鍋


「飲んで・食って・寝て」がまた始まります・・・・

2019/04/11

カズオ・イシグロ「私を離さないで」

読み終えた本 カズオ・イシグロ著 土屋政雄訳「私を離さないで」


私を離さないで

内容紹介
優秀な介護人キャシー・Hは「提供者」と呼ばれる人々の世話をしている。生まれ育った施設へールシャムの親友トミーやルースも「提供者」だった。キャシーは施設での奇妙な日々に思いをめぐらす。図画工作に力を入れた授業、毎週の健康診断、保護官と呼ばれる教師たちのぎこちない態度……。彼女の回想はヘールシャムの残酷な真実を明かしていく。解説:柴田元幸
出版社からのコメント
著者のどの作品をも超えた鬼気迫る凄みをこの小説は獲得している。現時点での、イシグロの最高傑作だと思う
ーー柴田元幸(本書解説より)




最初読んでいても、登場人物たちの置かれた状況が全くわからないのだが、読み進むにしたがい、徐々にその特殊な世界が見えてくる。
計算され尽くされた構成力とキャッシーの淡々とした語り口に、引きずられて最後まできてしまった。
イシグロの作品を読むのは初めてである。ワタスごときが言ってなんだが、恐れ入ったとしか言いようのないほどの才能のある作家だ。




2019/04/13

3ヶ月も家を空けたので、観葉植物が枯死してしまった

2鉢あったポトスだが、出かける前に、死なないようにそれなりに工夫しておいたのだが、帰ってきたら、ほぼ枯死していた。
仕方がないので、新しく買ってきた。

新たに買ってきたポトス


家の前の広場でフリーマケットが開かれていて、サボテンを売っている店があった。
サボテンも枯らしてしまったので、買うことにした。

下の広場で市をやっていた


陶器に植えられたサボテンで、10ユーロ(1260円)だった。

そこで手に入れたサボテン




生の鯖

アル・カンポで素晴らしい鯖を手に入れた。

2尾買ったのだが、1尾は「鯖の焼きびたし」
後ろに写っているのは、「アボカドとマグロのサラダ」

鯖の焼き浸し


もう1尾は「しめ鯖」

しめ鯖

どちらも最高にうまかった。


2019/04/14

サッカー見ながら、呑み喰い!

朝は、日本から納豆を持ち帰ったので和食の朝食となりました。
お味噌汁の具は、蕪としいたけ。あとは、蕪の葉の煮浸し。
ご飯が変な形なのは冷凍したものを解凍した結果です。
日本にいるときは、トーストとスープ、サラダ、ジュースといった朝食の方が多かったのに、グラナダに帰って和食とは・・・

ご飯が丸いのは冷凍していたから




お昼は、柴崎のいるヘタフェの「逆応援」メニューでした。
最近はベンチ外で招集もされず、かといって他球団への移籍もできず、飼い殺し状態に柴崎を追い込んだ、ヘタフェへの怒りが「ヘタフェ敗けろ!」という歪んだ心情になっています。つまり「逆応援」というわけです。

献立は、「しめ鯖」「ほうれん草のおひたし」「蕪の葉の煮浸し」「いかの甘辛煮」「千枚漬けもどき」です。

こちらは、ヘタフェ粉砕!メニュー

試合の方は、2:1でバジャドリーが勝っていたのですが、最後の1分で、バジャドリーのデフェンスがハンドをおかしてPKの結果、2:2の同点となりました。かわいそうにハンドを犯した選手、泣きじゃくっていました。
こうしてみると、ヘタフェって、際だったスター選手がいるわけでもないのに、肉弾戦と前線へのポイだし戦法で上位の4位につけている不思議なチームです。(あえて言えば、正確なキックを出すダミアンって選手が素晴らしい。)

この戦法を採用している限りでは、柴崎の出番はなさそうです。
(朗報は、柴崎が久しぶりにベンチ招集されていることでした。でも、出番はありませんでしたが・・・)


夜は、ジローナとビジャレアルの試合をみました。
献立は「出し巻き卵」と「イカの甘辛煮」でした。

夜は、出し巻きたまごで1杯


お昼にワイン3杯、夜にワイン3杯で計1本飲んでいました。


2019/04/16

カズオ・イシグロ著 土屋政雄訳 「日の名残り」

日の名残り

内容(「BOOK」データベースより)
品格ある執事の道を追求し続けてきたスティーブンスは、短い旅に出た。美しい田園風景の道すがら様々な思い出がよぎる。長年仕えたダーリントン卿への敬慕、執事の鑑だった亡父、女中頭への淡い想い、二つの大戦の間に邸内で催された重要な外交会議の数々―過ぎ去りし思い出は、輝きを増して胸のなかで生き続ける。失われつつある伝統的な英国を描いて世界中で大きな感動を呼んだ英国最高の文学賞、ブッカー賞受賞作。



この本は、以前、本屋で立ち読みして買わなかった本である。
なぜ、買わなかったのかというと、この本の主人公である「執事」という存在がイギリスの貴族社会=古い階級社会の象徴であり、その独白に興味がわかなかったからである。
前回、「私を離さないで」を読んでから、その巧みな独白力(そんな言葉があるのかどうか知らないが)に魅了されて、読んでみることにしたのである。

<独断と偏見的感想>
物語は、乱暴に言うと「執事」として仕える「主人」への「忖度の塊」、「上意下達の歯車」でしかない男の徹底した自己正当化の独白である。
当然のこととして、自らの意思と主人の意思の間には矛盾もあるのだが、そこを糊塗して、「完璧な」主人とその人に忠実に仕える「品格ある」執事という関係を妄想する。
その虚妄の関係性のなかでしか、自らの存在価値を見出すことのできなかった、ある種哀しい男の話である。
また、この精神を日本の「武士道精神」になぞらえれば、主人公の「執事」の精神世界がそれとそっくりなのがわかる。ここにイシグロの出自との関係が反映されているのである。
それにしても、イシグロの主人公の内的世界へ入り込む力はすごい。






2019/04/17

カズオ・イシグロ著 小野寺健訳「遠い山なみの光」



遠い山なみの光



内容(「BOOK」データベースより)
故国を去り英国に住む悦子は、娘の自殺に直面し、喪失感の中で自らの来し方に想いを馳せる。戦後まもない長崎で、悦子はある母娘に出会った。あてにならぬ男に未来を託そうとする母親と、不気味な幻影に怯える娘は、悦子の不安をかきたてた。だが、あの頃は誰もが傷つき、何とか立ち上がろうと懸命だったのだ。淡く微かな光を求めて生きる人々の姿を端正に描くデビュー作。王立文学協会賞受賞作。





驚きは、主人公の悦子がいつの間に、夫を捨て、イギリスに暮らすようになったのかの説明が全くないことだった。
それとなく、仕事本位で家庭を顧みない夫の描かれかたをみると、彼女は一歩踏み出したのか、と合点がいくのだが。
考えてみたら、そこをグダグダと説明したら、凡庸な作品になってしまったのかもしれない。




ノートルダム寺院の尖塔が焼失のニュース


こちらのテレビでは、大騒ぎをしていました。
大げさな扱いに、違和感を感じていたのですが、ポール・ニザンの孫のエマニュエル・トッドの発言を聞いて、なるほどと思いました。

黒字部分をクリックすると元の記事へジャンプします。

「ノートルダムが燃えている…」






2019/04/19

カズオ・イシグロ著 飛田茂雄訳「浮世の画家」

浮世の画家


内容(「BOOK」データベースより)
戦時中、日本精神を鼓舞する作風で名をなした画家の小野。多くの弟子に囲まれ、大いに尊敬を集める地位にあったが、終戦を迎えたとたん周囲の目は冷たくなった。弟子や義理の息子からはそしりを受け、末娘の縁談は進まない。小野は引退し、屋敷に籠りがちに。自分の画業のせいなのか…。老画家は過去を回想しながら、自らが貫いてきた信念と新しい価値観のはざまに揺れる―著者序文を収録した新版。




<独断と偏見の雑感>
思いついたことをバラバラと・・・・

この本を含めると、イシグロ作品を短期間に立て続けに4冊読んだ。
今までのところ、共通している作品のスタイルは、一人称の独白スタイルである。

誰かがうまく指摘していたが、その独白は「信頼できない一人称」によってなされているのである。
そもそも、過去を語るのに一人称で客観性などあり得るはずはないのだ。
記憶は独善的であり、自分の意図を後知恵で加工して、自分に都合の良いストリーを作ることが可能なのである。
しかしながら、当然、話には矛盾が出てくる。
イシグロは、この手法を駆使することで、逆に主人公の矛盾した位置を読者に明らかにすることに成功したと言えるのではないか。

この小説でイシグロは、「戦争責任」という敗戦直後の日本の最大関心事であったテーマをその基調においている。そこのことは、例えば、「山口市長の銅像」が元の原稿では「大正天皇の銅像」だったことなどからうかがえる。(訳者の飛田さんのあとがき)。天皇、軍部、資本家、そして、それを下から支えた日本精神を鼓舞する文化運動・・その一翼にいた主人公の画家の悔恨と自己肯定を取り上げている。

あれから、70数年。あの時の戦争責任の追及の不徹底さが、岸信介という戦犯が首相をやり、その弟の佐藤栄作が首相になり、その孫の安倍晋三が現首相という異常な国「ヌッポン」の今を生み出しているとも言える。同じ敗戦国であるドイツやイタリアをみれば日本の異質性が際立つ。

そういう意味では、この作品の現代的意義は大きい。







2019/04/21

帰ってきて初めてのバル

いつも行く「カスタネーダ」に立ち寄りました。

カスタネーダ外観



セマーナ・サンタ(聖週間)の期間は、入り口のドアが外されていました。

ドアが外されていた




1杯目は「ベルモット」で、タパは「干し鱈のトマトソース煮」

1杯目はベルモットと干し鱈のトマトソース煮



2杯目は、ムルシア産の赤ワイン「フミージャ」で、タパは「豚肉の煮込み」

2杯目はムルシア産の赤ワインのフミージャと豚肉の煮込み


2杯飲んで、勘定は4ユーロ(500円ちょっと)でした。安いね!


家に帰って、少し飲みました。

「漬けマグロとアボカトのサラダ」「酢だこ」「そら豆と生ハムの炒め物」がアテでした。

家に帰って少し飲みました



夜は、「麻婆豆腐」を作りました。黒麻婆に仕上がっています。
ちょっとだけビールを飲んで、そのあと、「麻婆丼」で締めました。

麻婆豆腐



2019/04/22

今日はあまりにも寒いので鍋にした

メルルーサの切り身が4ユーロ(500円ほど)で売っていた。

メルルーサが2切れで500円ほどだった



このうちの半分だけ使って「メルルーサ鍋」を仕込んだ

メルルーサ鍋を仕込んだ




お昼は、「メルルーサ鍋」で1杯。

22日のお昼はメルルーサ鍋




しめは「雑炊」

しめは雑炊





夕方、散歩に出かけた

家の前の路地をのぼって・・・・

家の前の路地



登りきったところにある広場。以前はここから、我が家の部屋の窓が見えたのだが、新しく建ったホテルで見えなくなった。

登りきったところにある広場



モロッコ人の店がたてこんでいる坂道

モロッコ人の店がいっぱい



2019/04/23

カズオ・イシグロ著 入江真砂子訳「わたしが孤児だったころ」

わたしが孤児だったころ

内容紹介
上海の租界に暮らしていたクリストファー・バンクスは十歳で孤児となった。貿易会社勤めの父と反アヘン運動に熱心だった美しい母が相次いで謎の失踪を遂げたのだ。ロンドンに帰され寄宿学校に学んだバンクスは、両親の行方を突き止めるために探偵を志す。やがて幾多の難事件を解決し社交界でも名声を得た彼は、戦火にまみれる上海へと舞い戻るが……現代イギリス最高の作家が渾身の力で描く記憶と過去をめぐる至高の冒険譚。




<かってな感想>
すごくいい!
涙腺の緩いジジイは、最後で思わず泣けた。
読んでいて、自分のなかの中国のいろんなイメージの断片が次々と蘇ってきた。
アキラって日本人の少年は、スピルバーグの「太陽の帝国」の中の少年とイメージが重なったし、上海の日本人居住区のあった「横浜橋」のあたりの密集した長屋も、安部公房の「終りし道の標べに」に出てくるアヘン窟の雰囲気も、思い出してしまった。
話に荒唐無稽なところもちょっとあるが、そんなものを乗り越えて、とってもよかった。