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2012/03/17

吉本隆明について

3月17日(土)

【吉本隆明氏死去】 戦後思想に圧倒的な影響 時代と格闘したカリスマ 若者を引きつけた吉本思想 という新聞記事をよみました。

ご多分に漏れず、僕も若い頃は吉本隆明の本を嘗めるように読み、彼の一語一句を頭に叩き込んだものでした。
僕が最初に出会ったのは、60年安保闘争を全学連主流派の立場から捉えた「擬制の終焉」という本でした。いわゆる「社共」にすりよる「進歩的知識人」なる人々の欺瞞性を痛烈に批判したもので、吉本の思想的原点を表明したものです。彼のこの姿勢はその後も一貫していて、例えば「反核運動」に関わる「進歩的知識人」なる人々の言動には常に批判的でした。自らが尊敬し、かつ評価をしていた埴谷雄高や谷川雁に対してでも、「反核運動の呼びかけ」に賛同署名をしたことをもってして、ぼろくそに批判しています。いわば思想的純潔を貫く吉本の真骨頂ともいえる姿勢だとおもいます。
党派性や徒党に嫌悪感を抱く彼は、「庶民」としての立場から「自立の思想的拠点」を構築することに生涯をかけます。
「言語にとって美とは何か」や「共同幻想論」、「心的現象論」などの一連の著作で自らの思想を深化させて行きました。晩年の「アフリカ的段階について」などは、ある意味で、ヘーゲルからマルクス・エンゲルスに至る支配的思想である「歴史段階発展主義」=「近代主義史観」に対する疑義から、「アフリカは文明の未発達な、そこから脱すべき一段階ではなく、むしろ現在のアフリカの中に人間のモラルや宗教や生活の原型がそろっているのではないか」と、僕から見ればレヴィ・ストロースの「構造主義的立場」に近い見解を表明しています。
「超資本主義」や「わが転向」などは、自分の思想はここまできたんだとの宣言のように見えました。
娘の「吉本ばなな」にしかられて撤回したというオーム真理教の麻原擁護ともとれる発言なども、かれの「初期キリスト教」や「親鸞」に対する見方で当然裏打ちされたものだと思います。

まさに「僕が真実を口にすると ほとんど全世界を凍らせるだらうといふ妄想によって ぼくは廃人であるさうだ 」
(廃人の歌)という気概に裏打ちされた思想的営為でした。 

吉本隆明さんのご冥福を祈ります。
同時に、吉本さんと交流のあったブントの島成郎さんや唐牛健太郎さんなど、僕が生前におつきあいさせていただいた偉大なる先輩たちのご冥福をも合わせて祈りたいと思います。

追記
僕がかつて吉本がどう発言するのかを状況判断の基準においていたからといって、彼の言っていることをすべて肯定してきたわけではありません。たとえば、原発についてなどは「コストが安い」とか「素人がごちゃごちゃ言うな」といった「理系出身者」ぽい発言には違和感を覚えます。ただ、「中島みゆき」のコンサートに毎年、欠かさず行っていたなんてことや、病気のために禁じられていた牛肉屋のコロッケを家族に隠れて近所の公園で食べていたなんてことを聞くと、そうした「庶民」吉本がとても愛すべき存在として感じるのも事実です。
                   

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