FC2ブログ
2001/12/06

Oruro(オルーロ) 

12月5日(水)La Paz→Oruro


より大きな地図で ラパス、オルロ、ウユニ を表示


Oruro行きは30分後とに出ていた。所要時間は3時間半で15Bs=2.2ドル。
ここで一大事件。僕は荷物を受け取るのを忘れてしまったのだ。そのままbañoへ行き、しばらくしてからハッと気づく。汗がたらり。今回の旅行で最大のピンチ。たまたまポケットにバスのチケットがあったので、それを頼りにバス会社を見つけ無事回収。いやはや。疲れているんだね。
タクシーを捕まえResidencia Ideal へ向かう。Ⅰ泊25Bs=3.7ドル。
さっそくExpesso del Sur の切符を買いに行くが、午前の部は終わっていて、午後は14:30~17:00が営業時間とのこと。
駅前のAlojamiento(宿)を3軒ほど見たが、ロンリープラネットでは牢獄のようだと書かれていたが、それほど悪くは思えない。それなりに風格があってよいのでは・・・・
市場でセーターを買う。40Bs =6ドル。この間リマの空港で買ったのは140ドル(母親用)
昼はAlmuerzo,costilla,sopa 5BS=0.7ドル
少し風邪気味だ。鼻がぐずぐずといっているのと頭が少し痛い。この症状は絶対に高山病のそれとは違う。

Oruroの町について
3702メートルの高度。風が強く乾燥。寒い。人口は16万人。90%が純粋のインディオ。Quirquincho (armadillo)で有名。それとUru-Uru湖がある。

Internetの普及について
今回の旅行でなんども驚いたことだが、どこの国、どこの町、どこの村にもネットカフェがあることだ。そして、どこの店も結構はやっているのだ。ということは、ネット人口がすごい数いるということだ。これについては一度ゆっくり考えてみよう。ネットの世界性と大衆の意識の同質化というのは、新たな世界の出現とつながるのあろうか?

夕食は中華。PL/10 de febreroのかどに面したえらくコロニアルな建物、階段は傾いていた。中国人の女の子が僕を見るなり「ハポネス?」と言い当てたのには驚いた。


12月6日(木)晴

昨晩は最初は寒くてどうしようかと思ったが、朝方はそれほどでもなかった。たぶん風邪気味だったのが治ったのだろうか。何しろ耐寒パッチとトレーナー、フリースなどを大量に着込んだのだから・・・
朝、ツリースト事務所の前のOGGYという店で茶とsalteña (empanada)1個の朝食(4.5BS)
DのバスでSan Jose の鉱山へ。しかしバスの終点から後の手がかりがないので断念。
鉱山の労働者住宅。アドベの粗末な建物。この町は出稼ぎの貧しい労働者たちの町だった。住民の姿があまり見られなかったのが残念。ゲバラが鉱山労働者を訪ねているがこの場所だったのか?
オルロー近郊の銅山




次はUruUru湖を目指す。101番のコレクティーボの終点で降り、20分ほどの歩きと「地球の歩き方」に書いてあったので歩くことにする。何もない干上がった湖のあとのようなところを10分ほど歩いた。そこで豚を飼っている女の子に[Puerta de España]=それがUruUruという意味、までの距離を聞くと、後1時間以上といわれる。結局、こちらはあきらめる。このあたりの地面も塩がいっぱい噴出していてそこかしこが白くなっている。

昼はあまり食欲がなく、Salteña1個と水、それに昨日買ったりんごを食す。


(スペインに戻ったら)
ゲバラの死んだ場所の確認。コレア村?ゲバラ関係の本で確認のこと。Oruroから東。体が埋められていたのはバジェ・グランデという町。ゲバラ最後の村はイゲラ村。チューロ渓谷での戦闘など。
辺境ノート(放浪ノート)の整理。地図と写真のはめ込み。
  
   La Paz 13:00            



Oruro 15:30 Valle Grande
   カーニバルで有名              ゲバラの遺体



Uyuni 21:50 
   塩湖で有名











タバコをやめて3日目。息苦しさはなくなっている。いつまで続くか?この国ではタバコは高い。人々はあまり吸っていない。これは南米全体にいえることだが(僕の回った範囲で)・・・そうだとしたら、タバコのオリジンの地域ででタバコがそれほど普及していない?って皮肉だね。
夜中、下痢で目が覚める。慌ててトイレに行くと、水状の便が・・・腹は痛くないのだが。正露丸3錠。これは昨日の屋台で飲んだジュースの影響だろうか。そんなに激しくないが、下痢が続いている。特に問題は、ホテルのトイレのペーパーが硬くて粗末なやつなのだ。便所紙については、以前に比べれば格段に質が上がっているのだが、ここのホテルとラパスのホテルは最悪だった。やはり、全般にボリビアの便所紙はいまいちでごわごわ。

コメント

非公開コメント