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2013/08/23

イラン南東部・・・その2

Esfahan(エスファハーン)編


夜行バスで8時間ほどかけて次の町エスファハーンへ向かった。バスは何と驚きの3列シートの豪華バス。スナックがついていた。それで運賃は700円ほど。

さて、到着した宿はどこもいまひとつ。
[Amir Kabir]・・・ご存知安宿で有名。ここはドミトリーなら意味があるが、シングルだと10ドルで、部屋は狭すぎ。朝食も有料だし決して安いとは思えない。

アミール・ギャビール




[Iran Hotel]・・・ここは最初から狙っていた宿だが、朝8時に訪れたら、受付の爺さんんが結構意地悪で、12時までフロントの横で待機しろといった。疲れていたので諦めてアミール・ギャビールに行った。次の日、再度交渉に行くと今度はえらく感じの良い受付の人がいて、シングルは一日しかないが、オーナーに話してやると言って電話をしてくれた。結局、ダブルで30ドルの部屋をシングル料金の16ドルで泊めてもらうことになった。朝食付き。

イランホテル


イランホテルー2



<エマーム広場>


エマーム広場ー1


エマーム広場ー2




マスジェデ・エマーム(Masjed-e Emam)

サファヴィー朝を代表する建築物。アッバース1世の命を受けて1612年に着工、王の死後1638年に完成。残念ながらドームが改修工事中だった。


正面のエイヴァーン(門という意味か?)と奥の門が二つ見える。奥の門はメッカの方角に向いている
正面の門と中の門


正面の門
正面の門


正面の門の天井
正面の門の天井


礼拝堂の天井
ドームー1


ドームー2



ドームー3



ドーム内部ー4




「Masjed Sheykh Lotf-o-lah=マスジェデ・シェイフ・ロトゥフォッラー」


1601年着工。18年の歳月をかけて建設された。レバノンの説教師・シェイフ・ロトゥフォッラーを迎えるために作られたもの


引き絵


正門


内部ー1



内部ー2




Kakh-e Ali Ghapu  アーリー・ガープー宮殿


遠景ー工事中



プレート



壁の画



音楽室の天井



音楽室の天井ー2



音楽室の天井ー3



バザーレ・エスファハーン
このバザールは延々とマスジェデ・ジャーメまで続いている(歩いて30分ほどある)。僕が驚いたのは、こうしたバザールがどの町にも必ずあるのだが、その規模が人口に見合わないぐらい大きいのだ。

バザーレ・エスファハーンー1


バザーレー2


バザールの中の土産物屋で売られている商品の実演
金物師



金物師ー2


バザールの中の洒落たカフェ。トルココーヒーがおいしかった。
カフェ



バザーレー3








Masjed-e Jame マスジェデ・ジャーメ

8世紀の建築。焼失したので12世紀から14世紀にかけて再建。
エマーム広場から30分ほど歩く。Ghyam 広場=メイダン・ギャーム近く。


マスジェデ・ジャーメ入り口
マスジェデ・ジャーメー1


中庭から
中庭から


天井の彫刻
天井の彫刻


見事な柱廊
柱に注目ー1



柱ー2





柱廊ー3



柱廊―4



中から中庭



中庭と正面





スィーオ・セ橋

エスファハーンにはこのほかに有名な橋がいくつかあるが、今は乾期で水がないので割愛した

スィオーセ橋ー1



橋ー2



橋ー3



橋ー4



橋ー5







Jolfa(ジョルファー)地区とVank Cathedral(ヴァーンク教会)

アルメニア人の居住するJolfa(ジョルファー地区)にあるアルメニア正教の教会。1,655年から66年にかけて建てられた。アッバス1世がアルメニア人を彼らの経済活動の能力を買ってアルス河畔のジョルファーから呼び寄せた。そして彼らのために信仰の施設を作ったのがこの地区で13ほどあるアルメニア教会の始まり。その中でも、このヴァンク教会が有名。アルメニア人の経済活動の能力が生かされてエスファハーンの新都市建設や道路の改善、隊商宿の充実などがその成果と言われている。アッバス1世はササン朝ペルシャの5代目の王(1588~1629在位)。アッバス大帝と呼称されえる名君。

ヴァーンクカテドラル入り口



櫓



室内ー1



室内ー2



室内ー3



中庭から













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