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2013/08/24

イラン南東部・・・その3

ヤズド編

エスファハーンからバスで移動。


チョンボというか間違いだらけの一日だった。

まず、ホテルを出てバスターミナルまでのタクシーを掴まえたのは良いが、ドライバーがターミナルは2つあるという。もしかして行き先によって違うのかもしれない。ヤズ。ヤズを連発したら、オーケーと言って納得したので、走り出した。ところが、かなりの距離のところまで行くので不安になり、ヤズ、ヤズを再び連発。ドライバーはわかっとる!といって無視。かなりの距離走ってバスターミナルに到着。このターミナルが先日着いた時のターミナルかどうかわからない。とりあえず、チケット販売の窓口に行き、ヤズ行きを購入。8時発のバスだった。1時間ほど時間を潰して、出発。ところが、30分も走ると、バスはもう一つのバスターミナルに着いた。こちらはEsfahanの街中からごく近いところにある。なんだか出だしから、うまくいっていない。

次にバスが出発したのだが、クーラーの効きが強すぎて震え上がっていた。窓のカーテンが閉じられ、前方の運転席の前のウィンドウもブラインダーが半分以上下げられたので、まるでカーテンでできた棺桶に閉じ込められたような感じだった。
走ること4時間半ほど。途中ちらっと見えた標識ではYazdは直進してゆくはずなのに、バスはなぜか右折してYazdから遠ざかって走っていた。そして、訳の分からない路上で、突然、ここがヤズだから降りろ!と下ろされてしまった。あたりには町の雰囲気はない。
タクシードライバーが近寄ってきて、どこのホテルに行くのか?と尋ねたので、「シルクロード」というと、知っているから案内するという。ほかに手段がないので、やむをえず乗ることにする。
そして、走ること20分ほど。
「ここがシルクロードだ」と言われて降りる。なんとも立派なホテルである。しかも周りには商店とか民家とかがない。道路沿いにぽつりと立っているのである。
看板を見ると「SHIRKOO HOTEL」と書かれている。


シルコ―ホテル


「シルコ―ホテル?」・・・「シルクロードホテル」とよく似ている!


もしかしたら、間違いでは?とは思ったが、タクシーのドライバーはすでにいない。
ホテルに入り、受付の女性に「ここはシルクロード・ホテルですか?」と聞くと「そうです」との返事。なんだか腑に落ちないのだが、「予約はしているのだが」というと、「オーケー」という。
「ほかにヤズには同じ名前のホテルはないのか?」の質問には「ここだけだ」との答え。
英語がほとんど通じないのでどうしようもない。
「ホテルのスタッフに英語を話す人はいないのか?」と聞いたが、「だれも話さない」との答え。どう考えてもおかしいのだが、「ここはヤズか?」と聞くと「そうだ」との答え。
では町の中心はどこだ?と尋ねると意味が通じない。紙にホテルの位置や「沈黙の塔」の位置などを書いて説明を求めるがらちが明かなかった。
結局、後でわかったことだが、チャーターしたタクシーのドライバー(彼は英語を少し話した)に聞くと「ここはヤズドから少し離れた郊外」とのこと。「なんで、こんなはずれに泊まっているのだ?」と聞かれて愕然とする。
バスで変なところで降ろされたことといい、次に捕まったタクシー運転手といい、運の悪いことが続いた結果だ。
まあ、バスで降ろされたときに近寄ってきたタクシーの運転手に「シルク・ロードホテル」の住所を見せなかった僕が一番悪いのだから、笑っているよりしょうがないね。
夕食はホテルで食べた。というよりほかにないのでここで済ませた。

驚きのチョンボ!最低でした!

ホテルは超豪華です。4つ星クラスですね。これで値段が1,800円ほどでした。

超豪華なロビー


滞在していたのはYazdから10キロほど離れたTaftという町だった。
ということはYazdには滞在していないことになる。






ヤズドは拝火教「ゾロアスター」遺跡で有名

ゾロアスター教寺院(アーテシュ・キャデ=Atesh-Kade)
アーテシュ・キャデ外観



1500年燃え続けているという火・・・背後にカメラを構える私が・・



アミール・タグマーグのタキイェ

15世紀に建てられた寺院やバザールなどの複合施設。
複合施設ー1


その前の彫像



沈黙の塔(ダフメイエ・ザルトシュテイヤーン=Dakhme-ye Zartoshtiyan)


沈黙の塔



集会場や死体安置所などの施設



塔入口



塔の頂上部分



拝火教の葬儀では死体をこの塔まで運び上げていた。そこで鳥が死体を掃除していた。いわゆる鳥葬。
下の建物は集会場とか遺体置場だそうだ。





※ここでお勉強・・・ゾロアスター教についてウィキペディアより抜粋

ゾロアスター教(ゾロアスターきょう、ペルシア語: دین زردشت‎ /Dîn-e Zardošt/、英語: Zoroastrianism、ドイツ語: die Lehre des Zoroaster/Zarathustra)は、古代ペルシアを起源の地とする善悪二元論的な宗教である。『アヴェスター』を根本経典とする。

ゾロアスター教の起源は古く、紀元前6世紀にアケメネス朝ペルシアが成立したときには、すでに王家と王国の中枢をなすペルシア人のほとんどが信奉する宗教であった[1]。紀元前3世紀に成立したアルサケス朝のパルティアでもヘレニズムの影響を強く受けつつアフラ・マズダーへの信仰は守られ、3世紀初頭に成立した、後続するサーサーン朝でも国教とされて王権支配の正当性を支える重要な柱とみなされた[1]。ゾロアスター教は、活発なペルシア商人の交易活動によって中央アジアや中国へも伝播していった。
7世紀後半以降のイスラームの台頭とペルシア人のムスリム化によってペルシアのゾロアスター教は衰退し、その活動の中心はインドに移った。17世紀以降のイギリスのアジア進出のなかで、イギリス東インド会社とインドのゾロアスター教徒とのあいだで関係が深まり、現在、きわめて少数派ながらインド社会で少なからぬ影響力を保持している[2]。
ゾロアスター教の教義は、善と悪の二元論を特徴とするが、善の勝利と優位が確定されている宗教である。一般に「世界最古の一神教」と評されることもあるが、これは正確ではなく、その教義のなかではアムシャ・スプンタなど多くの神々が登場する。
















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